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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)2703号 判決

原告 平川義外

右訴訟代理人弁護士 中野富次男

同 水口昭和

被告 中央観光事業株式会社

右代表者代表取締役 吉田康夫

右訴訟代理人弁護士 竹原孝雄

主文

被告は、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和五二年一二月二九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文一、二項と同旨の判決ならびに仮執行の宣言

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告は、昭和四七年一二月二八日、ゴルフ場の経営等を業とする被告との間に、次の1ないし3記載のとおりの約定のあるゴルフ場利用を目的とする「松田カントリークラブ」入会契約(以下「本件契約」という)を締結した。

1 被告は、すでに用地として買収を完了した神奈川県足柄上郡山北町向ヶ原五一五一番地所在の約四五万坪の土地に、次の日程に従って、二七ホールを有するゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という)を造成し、これを原告に使用させる。

(一) 昭和四八年一月着工

(二) 同年一一月九日までに九ホールを完成し、仮オープンする。

(三) 昭和四九年三月一八日までに合計一八ホールを完成する。

(四) 同年七月二七日までに全二七ホールを完成し、全部開業する。

2 原告は、被告に対し、本件契約にあたり、会員資格保証金として金二〇〇万円を預託する(以下「本件保証金」という)。

3 被告は、原告から預託を受けた本件保証金を、預託を受けた日から五年を経過したとき、原告に返還する。

二  原告は、本件契約締結日当日、被告に対し、前項2の約定に基づき本件保証金として金二〇〇万円を支払った。

三  本件契約の解除に基づく請求

1 被告は、本件契約により、昭和四八年一月に着工し、昭和四九年七月二七日までには二七ホール全部を完成して本件ゴルフ場を開設すべきこととなった。

ところが、被告は、本件ゴルフ場開設に必要な用地全部の買収を終えたという昭和四七年一〇月一六日当時において、実は右用地全部の買収を終えていたわけではなくその一部を買収していたのにとどまり、その後も資金不足という事情も加わってなお買収を終えないまま今日に至っており、また、神奈川県も本件ゴルフ場開設に必要な許可を与えない方針であることから、被告が今後この許可を得る見込みはない。このようなことから、被告は、本件ゴルフ場について、その約束の開設期日である昭和四九年七月二七日から約五年を経過した今日に至っても、なお着工すらできないでいるし、将来着工しうる見通しもない。

かくしては、本件契約に基づく被告の債務は、履行不能となったというべきである。

2 そこで、原告は、被告に対し、昭和五四年二月二〇日付内容証明郵便をもって本件契約を解除する旨の意思表示をし、この意思表示は、翌日の同年二月二一日、被告に到達した。

3 よって、原告は、被告に対し、本件保証金二〇〇万円及びこれに対するこれを受領したときよりのちの日である昭和五二年一二月二九日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による利息を支払うよう求める。

四  返還期日到来に基づく請求

1 右三項の主張が理由がないとしても、被告は、前記一項・3の約定により、原告から前記二項のとおり金二〇〇万円の支払を受けた昭和四七年一二月二八日から五年を経過した昭和五二年一二月二八日には、預託を受けた本件保証金二〇〇万円を原告に返還すべき義務を負担するに至った。

そして、右返還期日は、すでに到来した。

2 よって、原告は、被告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和五二年一二月二九日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一、二項の各事実を認める。

二  同三項・1の事実中、中段記載の事実について、被告が本件ゴルフ場建設工事に未だ着手していないことは認めるが、その余の事実を否認する。

同じく後段記載の履行不能の主張は、争う。

被告の本件契約上の債務は、未だ履行不能になっていない。すなわち、被告は、昭和四七年一〇月一七日、高松山開拓農業協同組合との間で、被告が同組合から本件ゴルフ場開設に必要な用地を買い受ける契約を締結し、すでに売買代金七億四、〇〇〇万円のうち金三億五、〇〇〇万円の支払を終えて、右用地につき所有権移転の仮登記をも受けている。ただ、本件ゴルフ場建設は、右組合の構造改善事業と並行して行われることになっているところ、右組合内部において右事業案についての調整がつかずこれが確定しないために、被告も建設工事に着手できず、用地につき所有権移転の本登記手続を受けられないでいるのが実情である。したがって、被告は、右組合に早急に事業案を確定するよう求めている。そして、神奈川県は、右事業案が確定され被告のために右の所有権移転登記手続がなされれば、被告に対し、ただちに必要な許可を与える旨を内諾している。このような事情であるから、近い将来、本件ゴルフ場を開設することはじゅうぶんに可能である。

同三項・2の事実を認める。

三  同四項・1の事実中、被告が昭和五二年一二月二八日には原告に本件保証金を返還すべきことといちおうなったこと、そして、右期日がすでに到来したことは認める。

(抗弁・返還期日到来に対して)

本件保証金の返還期日は、本件ゴルフ場開設の日まで延長された。すなわち、

一  原告が入会した「松田カントリークラブ」にはこれを構成する会員を規律する「松田カントリークラブ規則」(以下「本件規則」という)が存在するが、原告は、本件規則を承認したうえで本件契約を締結し本件保証金を被告に預託して、同クラブに入会した。ところで、本件規則七条但書には、被告が入会者から預託を受けた保証金の返還期日について、「天災地変、その他の不可抗力の事態が発生した場合及び理事会の決議により、据置期間を延長することが出来る。」との定めがあり、この定めによれば、同クラブ理事会は、会員が入会時に被告に預託した保証金の返還につき据置期間を決議により延長することができ、原告は、この決議に拘束されるものである。

二  同クラブ理事会は、昭和五二年一〇月一三日、右七条但書により、保証金の据置期間を本件ゴルフ場開設時まで延長することを決議した。

三  なお、被告は、右決議のみでは同クラブ会員の利益が一方的に損われることを配慮して、これの代償措置として、本件ゴルフ場開設までの間、会員が相模野カントリークラブその他のゴルフクラブにおいてプレイできるよう右クラブ等の会員券の名義書換手続を実施している。

四  以上のように、「松田カントリークラブ」理事会の右決議は、規則に基づいてなされ、かつ、この決議により損失を蒙るであろう会員のために代償措置を伴うものであるから、会員である原告を拘束するのになんの妨げもない。そして、本件ゴルフ場は未だ開設されていないから、本件保証金の返還期日は到来していない。

(抗弁に対する認否)

一  一項の事実中、「松田カントリークラブ」に本件規則が存在し、それの七条但書に被告主張のとおりの定めがあること、原告が被告に本件保証金を預託して同クラブに入会したことを認めるが、その余の事実は否認する。

二  二項の事実を否認する。被告は、原告に対し、昭和五二年一〇月二七日付書面をもって、本件保証金を当初の約束どおり返還すべき義務のあることを認める旨通知してきたが、その中で被告主張のような理事会の決議がなされたことなどなにも触れていない。

三  三項の事実を否認する。

四  四項の事実中、本件ゴルフ場が未だ開設されていないことは認めるが、その余の事実を否認する。

五  仮に被告主張のような「松田カントリークラブ」理事会の決議がなされたとしても、次に述べるとおり、原告がこれに拘束されるいわれなどない。

同クラブは、その意思決定、業務遂行、会計などが被告の完全な支配下にあってなされる単なる任意団体であって、権利能力なき社団としての実体を備えていない。したがって、本件規則は、同クラブの構成員たる会員を拘束する団体法上の定款たる実質を有せず、単に会員と被告との間の集団的な契約関係を規律する約款たるにとどまる。本件規則がこのようなものであるからには、理事会が、たとえ本件規則に一応の根拠をもつとはいいながら、会員と被告との間の契約関係について会員に不利益となるような変更を加える決議をしたところで、会員は、この変更に同意しないかぎりこの決議に拘束されないというべきである。

そして、被告主張の理事会の決議内容が原告と被告との間の本件契約関係につき原告に不利益な変更を強いるものであることは明らかであり、原告がこれに同意したこともない以上、本件保証金の返還期日は、本件契約締結当初の約束どおり、依然として昭和五二年一二月二八日なのである。

(再抗弁)

仮に、被告主張の理事会の決議が原告を拘束しうるものであっても、この決議は、被告の原告に負担する本件保証金の返還債務の履行期を「本件ゴルフ場開設時」という到来すべくもないときに変更したものであって無効というべきであるから、結局、原告がこの決議に拘束されることはない。

すなわち、右決議がなされた当時、すでに請求原因三項・1の事実が判明しており、このとき「本件ゴルフ場開設」などという事実が将来到来しないことは確定していたから、このような到来不能の事実を新たに期限事実とする履行期変更の決議をしたところで、このような決議は、なんの効力をも発しないというべきである。

(再抗弁に対する認否)

「本件ゴルフ場開設」が到来不能の事実であるとの主張は争う。さきに請求原因三項の事実に対する認否において主張したとおり、「本件ゴルフ場開設」は、到来することがじゅうぶん可能な事実である。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因一、二項の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、まず原告主張の本件契約解除の適否について検討する。

1  原告が本件契約上の被告の債務が履行不能となったことを理由に、被告に対し、昭和五四年二月二〇日付内容証明郵便をもって本件契約を解除する旨の意思表示をし、この意思表示が翌二一日に被告に到達したことは、当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

(一)  被告は、神奈川県足柄上郡山北町高松山開拓農業協同組合(以下、単に「組合」という)等が計画した組合及び組合員個人の所有する山林を合わせてこれに畜産団地及びゴルフ場を造成するという構造改善事業に参加し、組合所有の山林と組合員個人の所有する山林とを買受けてこれにゴルフ場を造成することとなった。そして、被告が右事業に参加するにあたっては、被告と組合との間で、右事業用地にあてられる山林についてゴルフ場用地と畜産団地用地とが図面上おおまかに区画されたので、被告は、まずゴルフ場用地として区画された部分のうち組合の所有に属する九六ヘクタールの山林を、被告の代表取締役であった矢生光繁が個人で組合から代金七億七、四〇〇万円で買受けることとして、代金内金三億五、〇〇〇万円を支払い、所有権移転の本登記手続は残代金の支払時とするとの約束でとりあえず所有権移転の仮登記をした。なお、組合は、このとき、被告に対し、被告が買受けた右山林とは別に同じゴルフ場用地に必要な組合員個人の所有にかかる山林を被告が将来買収できるよう取計らうことを約束した。

(二)  このようにして、被告は、昭和四七年一〇月、本件ゴルフ場造成に必要な用地全部の買収を終えたとして、本件ゴルフ場を昭和四九年七月二七日には全二七ホールを完成して開設する旨を公示して会員募集を開始し、これの応募者から支払を受けた入会保証金のうちから、前記矢生光繁に対し、同人が前記のとおり山林を買受けた際に出捐した金員を支払って同人名義でなされた前記仮登記の移転を受けた。しかし、被告は、本件ゴルフ場造成に必要な神奈川県の許可を容易に得ることができず、ために本件ゴルフ場造成工事に着手できないでいたところ、昭和五一年一〇月になってようやく神奈川県から被告が本件ゴルフ場用地全部の所有権を取得したならば所定の許可を与えるとの内諾を得た。

(三)  ところが、まもなく組合から被告に対して、前記(一)のとおりいったん取り決められた畜産団地のための用地とゴルフ場用地との区画を畜産団地用地を増してゴルフ場用地を減らすとの区画に変更したいとの申入れがなされた。しかし、被告は、もしこの区画変更を容れたならば残る面積ではもはや本件ゴルフ場造成が不可能となることから、あくまで当初約束された区画を維持することを主張してこの申入れを拒絶した。そして、その後も右区画の変更について両者間に調整がつかず、ついに昭和五四年になってまもなく、組合は、被告を相手どって、被告が前記(一)、(二)の経緯によって現在仮登記名義を有する山林の返還等を求める訴を東京地方裁判所に提起し、被告もこれに応訴するに至って、この訴訟がいつ、いかなる決着をみることになるのか不明である。

(四)  ところで、被告は、昭和四七年一〇月に実施した本件ゴルフ場の第一次会員募集によって入会者から支払を受けた入会保証金、その他の資金を、まもなく本件ゴルフ場用地の取得費やその他の必要経費にほとんど費消してしまった。このため、前記(三)の訴訟事件の帰趨はともあれ、被告が組合に支払うべき前記(一)の残代金四億二、四〇〇万円と本件ゴルフ場用地として必要な組合員個人の所有にかかる山林の買収費等を捻出するには、被告は、今後、改めて第二次会員募集をする以外になく、これから得られるであろう入会保証金をもって右資金にあてるしかない状態になった。

3  右2の認定事実によるとき、原告の本件契約解除の意思表示がなされた昭和五四年二月二〇日当時において、被告が原告に負担する本件ゴルフ場を原告に使用させる債務は、すでに履行不能になったものと認めるのが相当である。右認定事実によれば、次のことがいえるからである。

組合と被告との間には、構造改善事業の対象地たる山林につきこれを畜産団地用地とゴルフ場用地とにどのように振分け区画するかを巡って紛争が生じ、この紛争は、昭和五四年になってまもなく組合が被告に対し前記認定のような訴を提起し、いわば被告に右事業の目的のひとつであるゴルフ場造成から手を引くよう求める事態になるまでこじれてしまい(もっとも、右訴が提起されたときと原告の前記契約解除の意思表示がなされたときの先後は証拠上必ずしも明らかにならないが、仮に前者が後者に遅れるとしても、前記2・(三)の事実に照らすと、右紛争は、右意思表示のなされたときには、少なくとも一方当事者がもはや訴訟による決着以外に打開の方途がないと考えるところまでこじれてしまっていたといえる。)、いつ、どのようにこの紛争に決着ないしは収拾がみられることになるのか見通しもたたない。のみならず、仮に、将来、右紛争につき被告の主張するとおりに決着ないしは収拾がみられることになっても、それから被告は、まず本件ゴルフ場用地全部を確保するために、組合に対して前記2・(四)のとおりの残代金を支払い、さらに未買収の組合員個人の所有する山林を買収し、次いで本件ゴルフ場造成に必要な神奈川県の許可を得なければならないのである。ところが、原告の解除の意思表示がなされたときには、被告は、右の支払や買収等にあてる資金などもちあわせず、これらの資金手当を今後なすであろう第二次会員募集の応募者から支払われる入会保証金に頼る以外にない状況にあり、その後もこの状況に変わりがない。しかし、特別な事情でもないかぎり、ことの性質上、被告が第二次会員募集において右の資金を獲得しうるかはまったく未知数というべきであるから、神奈川県の許可を云々するまでもなく、資金面においても、被告が本件ゴルフ場造成に必要な用地を確保しうる見通しは、まったく不明といわねばならない。

かくして、被告が原告に負担する前記債務は、約定の期限が過ぎても本件ゴルフ場造成工事の着手すらないまま、ついには原告の解除の意思表示のなされたときには履行不能になったものと断じて差支えがない。

三  以上の事実関係によれば、その余の請求原因ならびに抗弁等について判断するまでもなく、原告の本訴請求は、本件契約解除にもとづく原状回復を求めるものとしてすでに正当であるから、これを認容すべきである。

よって、民事訴訟法八九条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤敬夫)

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